”自分の主治医は自分”

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すきとおった風のような

August 16, 2017

 

命を救うことが医者の仕事だから

死は、医学にとって敗北なのか・・・

もしくは、医学から見て「死」は枠がいなのか。

 

 

ふっと最近、

「死」をどう考えるか

を抜きにして

 

真の健康は語れないなぁと

思い始めました。

 

だいぶ前に

「おくりびと」という映画が

話題になりましたが、

 

この原作となった

『納棺夫日記』の中に

 

 

「末期患者には

激励は酷で

善意は哀しい、

説法も言葉もいらないのだ。

 

きれいな青空のような

瞳をした

すきとおった風のような人が

そばにいるだけでいい」

 

という所があります。

 

これは、

別段、末期患者でなくても

死を目の前にした

老人であっても

同じことだなぁと

思います。

 

 

最近は、母を見舞うたびに

頑張れとか、

もっと食べようとか

言うことが

少なくなってきました。

 

ただ、ニコニコ笑って

そばにいればいい、

という気がしています。

 

 

 

実はこの

「すきとおった風」

という言葉は、

宮沢賢治の

『注文の多い料理店』の序文に

出てくる言葉なんですね~

 

久しぶりに

引っ張り出して読んでみた。

 

*********************

わたしたちは、

氷砂糖をほしいくらいもたないでも、

きれいにすきとおった風をたべ、

ももいろの

うつくしい朝の日光をのむことができます。

 

中略

 

わたくしは、

これらのちいさなものがたりの

幾いくきれかが、

おしまい、

あなたのすきとおった

ほんとうのたべものになることを、

どんなにねがうかわかりません。

***********************

 

私たちは

生と死と病苦と老いることから

逃げることができないのなら

なんとか

それを

 

すきとおった

きれいなたべものとして

のみこめる力が

欲しいものです。

 

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